軸がしっかりした、揺れない心

いろんな人が参加する集まりに行くと、ついついこの人はどんな人だろうと思ってしまいます。

例えば・・・・。

この人は、良い人かな。

この人は、自分と合う人かな。

とか、考えてしまうんです。

ですが実際は、相手がどんな人であろうと、自分の心に軸が通っていれば、動揺しないだろうな、と思うようになりました。

 

そもそも好きとか嫌いっていう判断はしなくていいのだと思います。

どんな人柄や立場の人と出会っても、特に緊張も、動揺もしない。

緊張や、動揺、それに、好きとか嫌いは、やはり自分の事を好いて欲しいという気持ちの表れなんだろうなと思うからです。

合う合わないは、あるかもしれませんが。

好きとか嫌いで判断する領域は、早く脱出したいなと思います。

 

こういう風に書くと

嘘ばかり付く人は?とか

いじわるしてくる人は?とか

声をかけても無視する人は?とか

そんな、ネガティブな場合を考えてしまいそうですが。

必要以上に、考えなくていいのかなと思います。

もし、そういう人に出会っても、相手にしなければいいからです。

 

相手が、自分のことを苦手と思っても、好きだと思っても。

どっちの感情を向けられても、特にかまう必要がない。

私はあなたのことが好きですと、言う人だって、本当の心はどうなんでしょうか。

ついつい好意を言葉に出されたり、ヨイショされると嬉しいものです。

そして、調子に乗ってしまいます。

その人を必要以上に構って、結局嫌われたら終わり。

そんなことが、起きるかもしれないですよね。

 

私は、子供の時に、親友と呼んでいた友人がいました。

ですが、結局嫌われて終わりました。

私が必要以上に、「親友」という言葉に惑わされていたからだと思います。

(他にも、原因はありますが・・・)

 

自分にとって、気持ちの良い言葉であっても、攻撃的な言葉であっても

どちらでも感情が揺れない状態がいいのかなと思えます。

 

ですが、自分の心の状態が悪いと。

他意のない言葉が、悪意を持っているように感じたり

なんでもない行動を、自分への嫌がらせだと感じたり

そういう状態は、自分自身では発見しずらいかもしれません。

悪意を感じると、思った時点で、少し自分を見つめてもいいのかなと思います。

それだけ、自分の心の中が揺れているということだからです。

そして、自分の心の闇の面(弱い面)が出てくることもあります。

 

自分の心の軸(光の面)を見つけて気づけることが大切なんだと思います。

心の光の面は、人それぞれ違います。

だからこそ、あの人や、この人という比較できないものです。

だから、自分の軸となるのだと思えます。

記録(日記)

Posted by さやか