今日の運勢に囚われてしまった事はありますか

自分が口に出して言った言葉。

誰かから聞いた噂話。

そこで出た話題に囚われてしまって、身動き取れなくなったことってないでしょうか。

 

私は「今日の運勢」や、「良い字画の名前」なども同じように、囚われてしまうものの一つじゃないかって思っています。

悪口や愚痴とかそんな話題ではないのにです。

 

例えば、何気なく目にした「今日の星占い」

そこで自分の星座が1位だったとします。

それだけなのに、その順位に囚われてしまうようです。

 

なんとなくですが

「今日の星占いで、運勢が1位だった」の中には、

今日は1位みたいだから、良いことあるかな。

私の星座は1位だけど、他の星座の人は違うもんな。

といった、良く分からない高揚感や優越感があるような気がします。

 

他にも「△△さんは、〇〇について凄いですね」と褒められたとしたら

自分は〇〇のことは、凄くないといけない

といった、変な責任感が出てしまったりするからなかと思います。

 

どうしてこうなるのかな?と思った時

心の闇の面、『欲』の琴線に触れてるからだろうと思います。

心の光の面だと、フラットな感覚なので、今日の運勢が1位であっても、何かで褒められようとも、「へ~」って感じで動じません。

だから、光の面で受け止めると、変な方向に暴走することもないのだと思います。

 

こういう風に書くと

闇を抹消したい!

今、自分の中にある観念も何もかも消したーい!

と、極論に走りそうですが、そう思わなくても

その闇を感じたところから距離を置いてみてもいいと思います

 

私の場合は「今日の星占い」とか「名前の字画」とか見ないようにしています。

ついつい(心の闇が)調子乗ったり、凹んだりするからです。

せっかく良いこと言われているのに、残念な闇です・・・。

そして、距離を置いて冷静になりさえすれば、そんなこともあったなと思えます

 

極論に走るのも、闇だったりしますし・・・。

人なんですから、心に闇も光もあって当然で。

むしろ

うちってこんな闇があったんや~!

って、まずは知ることができたと、思えた方が良いなと思います。

 

初めて自分の闇に触れた時は、とても醜くて辛くて嫌でした。

ですが、一つ知って、二つ知って。

どんどん湧き出てくる闇を知って。

そして、光も知れた時。

こういう事かと、思えるようになってきたのだと思います。

 

両方の感覚を知ることで、少しずつ光の面をもっと引き出せたらな~って思います。