依存の怖さはポジティブな言葉や行動の中にもあったりする

依存の怖さは、ポジティブな言葉や行動の中にもあったりする

依存する」と聞くと、「薬」「博打」「タバコ」「お酒」・・・。

ダークな雰囲気や印象を受けるものを多く思い出します。

ですが、前向きな言葉や行動と思っていることでも依存はあるのだと感じることがあります。

その一見、健康的で、明るいイメージの中にある依存は、周りから見たら「問題ない」と判断されて流されたり、本人が「正しいこと」だと疑わないので、指摘をされても受け入れられないようです。

ポジティブな言葉や行動の中に隠れる依存

前向きさや、明るさは「良いこと」と思っていないでしょうか。

私も、言葉にして人を心地よくさせる言葉や、明るい気持ちにする言葉「良い言葉」なんだと思っていました。

例えば「目をそらさずに、前を向いていこう」なんて、ポジティブに感じる言葉だったりします。

ですが、同じ言葉であっても、人によっては依存」するキーワードになる場合もあるようです。

それは、その人の心の状態がどうか。

ということが、大切だからだと思っています。

依存は心の隙を埋める手段

ポジティブの中に潜む「依存」について。

例えば、自分の内面が「嫌だ。やらない方がいい」と伝えても、表層の自分が「これが正しいからやった方がいい」と行動している時は、気付くきっかけも逃しがちです。

そして、この状態の人は、(誰か別の人が)作った考えを主軸にすることで、自分の心の隙を埋めようとしているようです。

以下の言葉は、一見前向きにも受け取れます。

  • 社会人として、言い訳をしないようにしよう
  • 恥ずかくないように、勉強を頑張ろう
  • 皆が気持ちよく接することができるように、笑顔でいよう

でも、心の中から必要としていない行動を続けていると依存状態になり自分で自分を傷つけてしまいます

(例えば)社会人として、言い訳をしないようにしよう

本当は、話をして自分の考えを伝えたい。

でも「言い訳」と思われると嫌。

社会人は言い訳をするのは、スマートじゃないから「自分の言葉をグッとこらえよう」

⇒言いたいことが言えない自分の弱さを隠すための行動(心の隙)

心の声を聞くことが大切

心はとても正直です。

弱さも強さも両方あります。

その弱さを隠すために本当は必要でないのに行動をしていると、聞き心地の良い言葉だけが先行してしまうようです。

そして、聞き心地が良い分、自分自身でさらに行動を続けようとしてしまいます。

本人は悪気はないですし、言葉では正論に聞こえるたりするので、周りも悪気なく共感してしまいがちです。

では、どうすれば「依存」状態から抜けれるかといいますと。

自分の内面、さらに「良い面、光の面」と、表層の意識が一致することで、本来の主軸が見えてきます。

世間の「良い行動」「悪い行動」と一致しないかもしれません。

世間の「するべきこと」「やるべきこと」とも一致しないかもしれません。

ですが、内面と表層の意識と行動が一致することで、今まで無駄にこだわっていたこと手放すことができるのだと思います。

もちろん、世間の「悪い行動」といっても、犯罪とかではないです。

「薬」「博打」「タバコ」「お酒」も、「前向きで明るい言葉」も、依存に走ってしまうのは、自分の心の隙を埋めるたなのかもしれません。

本来の自分の力を発揮させるためにも、自分の心と向き合うことは大切だなと思います。

記録(日記)

Posted by さやか