理想と現実で揺れるのはなぜだろう

自分で理想像を描いて、それを目標にしたり。

少しでも、その理想に近づけるように努力したり。

とても当たり前で普通の行動のように感じるのですが

以前の私は、その理想像によって心が暗く、闇へ向かっていました

 

もし、自分が描いている理想像が

「明るい」「聞き上手」「落ち着いている」

であったとすると

少しでもその理想に近づこうと

人とはニコニコしながら接しよう

自分の話は20%にして、80%は相手の話を聞こう

指示されたことは、あたふたせず直ぐに行動しよう

そんな目標を立てるかもしれません。

そして、一日、その目標に照らし合わせて一喜一憂したりします。

 

というのも、私が昔、自分の理想像に近づくために考えたことです。

できた時は、ほっとするのですが

できなかった時は、とても沈んでいました。

なんであの時、あんなことを言ったんだろう。

なんであの時、あんな風にしたのかな?

そんな風に、寝る前に考えてしまっていました。

 

すでにお気づきの方もいらっしゃると思うのですが、

全て評価は自分側。

自分対自分でしか判断していなかったんです。

 

この理想像のような「明るく」「聞き上手」「落ち着いている」は、

自分で評価はしない内容です。

それに、目標にあげていることも

ニコニコとしているだけで、相手の話を本当に聞いているか

自分の話と相手の話の割合はどこから想像したのか

あたふたしたことが、なぜいけないのか

など・・・。

相手の気持ちが全て無視されているんですよね。

 

分かりやすい例だと思うのですが

人って無意識に自分自身を勝手に評価している時ってあると思います。

それで、できたと喜んだり、できなかったと落ち込んだり

そして、できたと喜んだ時は、「自分の良い面なんだ」

できなかったと落ち込んだ時は、「自分の悪い面なんだ」

そんな風に思うことも、自分の心の闇が作り上げているだけってこともあります。

 

心の闇の面は、とても自分勝手です。

なので、「理想」等の安心する言葉を使って、作り上げようとしますが

心の光の面は、フラットなので

どんな自分でも受け入れることができます(勝手気ままとかではなく)

 

なかなか難しいところですが

こればっかりは、しっかり心が見れる人の判断がまず必要なのだと思います。

そして、自分の今思っている状態は、光の方に向かっているのか闇の方に向かっているのか。

それが分かるだけでも、ずいぶん光の方向に進むことができるんだなと思えます。