手相って単に線を見てるだけじゃないと思う

子供の頃から、手相には親しくしていました。

私の祖父が占いをしていたこともあり、手相占いについては親戚から話を聞くことがあったからです。

残念ながら、祖父本人からは直接聞く機会はなかったですが、私にとってはとても身近な占いの一つでした。

つたない知識ではありましたが、友人の手相など子供の頃からよく見せてもらっていました。

そんな中、手相は単に線を見るだけではないんだな、という考えになりました。

手相は線を見ているだけなのか

手相というと、生命線がうんぬん・・・感情線がこう伸びているから、うんぬん・・・

そんな感じで、線の形や手のふくらみなんかで読み解くイメージかと思います。

実際に、線や形、ふくらみでおおよその、人となりが分かると思います。

ですが、私自身はそれだけでは分からないと思っています。

というのも、手を見ていただくと分かると思うのですが・・・

 

しわ。

しわ・・・。

いや、線ばっかしじゃん、と。

どの線をどこまで入れて見るねんと、思いませんか?

子供の頃は手相の本を読みながら、自分の手を眺めては、よく思っていました。

 

ざっくり、縦の線は「イイ感じの線」と言われ、横の線は「あまり良くない線」と言われます。

ですが、細い線も入れると両方ありまんがな、と。

 

どの線をどこまで線として読み解くのかは、手相占い師によって違うと思っています。

あまり悪い線は、相手に伝えられへんと考えてすっ飛ばす方もいると思いますし。

重要なキーワードを線から読み解く人

相手の相談内容にあった線のみ見る人

など、さまざまだと思います。

やっぱり線を読めばOKなのでは?と思われそうですが、手相占いは、目で見えている部分だけが重要ではないのだと思っています。

実際に、手に線はあるのに、全くわからなかった人が過去にいました。

 

手相が読めない時

私が出くわした人は、占いに疑心を持っている人でした。

ですが、疑心を持っている人の中でも、ざっくり2パターンあると思います。

  1. 当てられたところで気にならない人
  2. 絶対当たるはずがないという人

疑心を持っていても、1に当てはまる人は、単に占いを信じてないだけで、まだ見れるのですが、2に当てはまる人は、読めないんですよね。

たぶん無意識レベルで、当たる可能性を感じていて「見んといて!」と拒絶しているからだと思います。

そして、当てられると困るからか「絶対当たるはずがない」と言うのだと思うんですよね。

そして、「当てれるもんなら、当ててみろ」と挑戦的に言われるのですが、手相を見たら読めないんです。

いつも通りに線から読んでるつもりなのですが、私自身も「あれ?」となる内容になってしまう。

そして、本人に確認しても「いや、そんなことはない」と言われる・・・という。

この体験は、いつも通り線を見ているはずなのに、全く分からないので、とても不思議な感覚でした。

手相もリーディングも心が大切なのかも

今でこそ、相手が無意識レベルでどのように感じているのか気づけるようになりましたが、当時はよく分からなかったので、なぜ読めないのか不思議でした。

私の場合、手相は本を読むような感覚なので、白い紙が渡されて、それを「読んでみて」と言われれている感じに近かったです。

なので、手相は線をみるだけでなく、相手の無意識で受け入れらる状態かで、読める内容に差が出てくるんだなと思いました。

 

これと同じように、占い師の話で、自分のことはなかなか占えないとか、分からないとか、耳にしたことがあります。

自分のことだって占おうと思ったら見れると思うのですが、それがなかなかできないと。

それは、自分自身の心が受け入れられない状態になっているからかもしれないなと思うんです。

2パターンの2と同じような、無意識で「見んといて!」という状態。

もし自分で占って、自分の状態が悪いと分かった場合、それを受け入れるのが難しいからだと思います。

ついつい、良い情報だけを受け取りたいという欲求が出てきてしまうのかもしれないなと。

手相は線だけではないということ

どんな占いも、心の状態は大切なのではないかなと思っています。

心の状態が悪いと、自分に都合だけがいい偏った情報だけを集めてしまう

それは、無意識に、占い結果を自分で引き寄せている場合もあるだろうなと思うからです。

それは、占う側も、される側も、どのような立場でも同じなのではないかなと思います。

 

だからこそ、それを逆手にとってみると。

今の自分の状態はどういう状態なのかな、と。

手のひらを見て、読める手か? 読めない手か?

手のひらで、心の状態が確認できるのではと思っています。