カタカナ語を聞いて思うこと

カタカナ語を聞いて思うこと

最近、ニュースで記者会見を見ているとカタカナ語を頻繁に耳にするなと思います。

正確性を求めて、あえて専門用語などを使う人。

説得力を持たせようとして、専門用語を使う人。

ただカタカナ語を使いたいから使う人。

などなど・・・。

カタカナ語、専門用語を使うとは

目的である「相手に伝えること」は、本当に難しいことだなと思います。

「知識ありそげ」に思われたいんだろう

別の言葉で代用できるんだったら、もっと分かりやすい言葉を使えばいいのに

という不満に思うこともあります。

「?えーと・・・」とちょっとでも考える要素があると、なかなか話に集中できなかったりするからです。

 

専門家と呼ばれる人は、特に専門用語を多用しがちですよね。

この場合の専門用語を使用するのは、正確性が近いのかなと思います。

お互い学んでいたら知識として理解している内容を、一言で伝えらる言葉だからです。

専門家同士の場合は、こっちの方が伝わりやすいですよね。

また、専門家ではなくても、専門家と話していると言葉に慣れてくるので、その言葉が専門用語なのか、違うのか判断が難しくなることもあります。

新しい知識を得ることで

ニュースを見て、カタカナ語を聴くと。

この人は、専門家といろいろ話しているんだろうな~。

とか。

新しく知った言葉を使いたいのかな~。

なんて、思いながら見ている時もあります。

 

新しい言葉を知って、使いたくなるのは、赤ちゃんと同じですよね。

知識欲ってやつかな、と思っています。

知識欲は、言葉の通り「」です。

なので、闇に当てはまるかなと思います。

 

闇が絶対悪にならないのは、「欲」によって人は行動することもあるからだと思います。

完璧超人は、人間ではありえないのだと。

だからこそ、自分の光と闇に向き合い、自分を知ることが大切なんだと思っています。

そして、相手の光の部分に目を向けることも大切です。

 

ニュースなどでは限られた時間内に編集されています。

なので、本質が分からない編集に感じる場合もあります。

ですが、言葉を発している人の光の面に目を向けてみることで、その人の伝えたい本質が見えてくると思っています。

その人の闇に目をむけると、「欲」が気になって話が入ってこないかもしれませんよね(この場合は、闇に目を向けてしまう理由もあると思いますが)。

スピリチュアル用語の場合

スピリチュアルも、いろいろ専門用語があるな~と思うのです。

私の場合、初めはペンジュラムさえ知りませんでした。

振り子なら分かるけど、ペンジュラムってなに?という感じでした。

ですが、今はペンジュラムがしっくりくるようになっています。

 

他にも、多くのカタカナ語を目にします。

私はあまり調べないようにしています。

理由は、私自身がその言葉を感覚でとらえられていないから

そして、調べた場合、意味を書いた人のエネルギーが気になるからです。

自分の中でしっくりくるようになったら使えるようになるだろうなと思っています。

記録(日記)

Posted by さやか